「多様性」に関するメモ書き

  • 文章にする気力がなかったので、文章化する前のメモ書きにて失礼します

  • この落書きはポジショントークです。自分の書きたいことを書いているだけなので…。

    • できるだけフラットに捉えようと努力はしています。
    • 考えが合わない人にはごめんなさい。それでも仲良くしてもらえると嬉しいです。
    • いろいろな考え方があってよいし、あるべきであると考えています。議論は歓迎しますが叩かないで…痛いので……。
  • 大前提:多様性を尊重すべきという立場、多様性はいいぞって思っている

    • 個人的にはさまざまな「性自認」は受け入れられるべきであると考えている
    • 「選択的夫婦別姓」や「同性婚」は賛成派、何度も書いていますが
    • 家族の形も権威主義的なものは好きではない
      • 実家が割とフラットな関係だった影響を受けている自覚はある (父親と母親のことを名前呼びしているし…)
      • なお、会社などの組織もフラットであるのが望ましいとは考えているが、一方で指揮命令系統がないとメチャクチャになるというのも理解するので難しいところ
    • 基本的な考え方として「選択肢は多ければ多い方がいいよね?」
      • わざわざ選択肢を減らさなくていいんじゃない?って思う
  • ここでいう「多様性」の定義は自分流である

    • 基本的に個人の「属性」(性別とか学歴とかほかもろもろ)ではなく、「個性」を大切にしていきましょうねという概念であると理解している
    • 加えて、「家父長制」や「女性の社会進出」みたいな性別による役割規範的なものも同じ文脈として捉えられないか?と考えている
      • 個性に着目していくようになれば属性の意味は必然的に薄れるよね?という意味で
        • 一例として、(育児のために)「女性が休みやすい社会」よりも(理由を問わず)「誰もが休みやすい社会」を目指していくべきでは?
        • 過渡期にアファーマティブアクション的な政策を取ることに反対しているものではない
    • 世間でいう一般的な「多様性」の定義もこんなものかもしれないけれど
  • その上で:多様性を尊重する立場として、「多様性を受け入れがたい人」をどのように捉えるべきか?

    • 考え始めたらよく分からなくなったのでこれを書いている
    • 考える上でのポイントは以下の通り
      • 「多様性を受け入れがたい人」の存在を認めるのも多様性なのではないか?
      • 「多様性を受け入れがたい人」を排除したらそれは多様性を尊重しているとは言わないのでは?
    • つまり、多様性を尊重する立場としては「多様性を受け入れがたい人」の存在も認めるべき?
      • なんとも矛盾していてよく分からなくなってくる
      • あとは「多様性を受け入れがたい人」の目線から見ると、この主張ってなんとなく上から目線感があって嫌かもしれないと思う
  • おまけ

    • これを書くにあたって軽く調べ物をしていたらこんな記事を読んだ
      • Vol.23 ジェンダー “社会の本音”は? NHK世論調査より① (https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0029/topic023.html)
      • 選択的夫婦別姓制度や同性婚に反対する理由「夫婦は同じ名字を使うことが当然だから」「家族の絆や一体感が弱まるから」「結婚は男女ですべきものだから」「伝統的な家族のあり方が崩れるから」
      • 否定や反対ではなく、そう思う理由が純粋に分からなかったので知りたい…。ここがいわゆる個人の考え方という部分で、言語化したり歩み寄ったりするのが難しい部分なんだろうけど…。